《通過儀礼》
多くの新人を育てた多根牧演芸ホールが30年の歴史に幕を下ろした同じ日、俺はついに社長から病院へ呼び出された
約束の時間より早めに到着し
先輩に教えられた駐車場の一角で
控えめに柔軟体操と発声練習をした
控えめな声で失礼します!と言って
入った病室のベッドに社長令嬢と
いつもより古びたスーツの社長がいた
社長が時計を見るのを合図に俺はネタを開始した
令嬢の免疫力を上げたい一心で
多根牧プロダクションが創設されたのは有名な話
俺のネタを令嬢は口元も眉も微動だにせず見た
15分のネタを終えた俺は社長に礼を述べ
満身創痍で病院を後にした
30年間外見が変わっていないと噂される社長令嬢を笑わせた芸人は未だ存在しないが、社長令嬢の前でネタを披露した芸人はその後例外なくヒットを飛ばしている