266 【屁理屈推理合戦】魔女のチェス盤
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成金 鈴木田
人はなぜ、出されたクイズを解かずにはいられないのか。
人はなぜ、ミステリを読む時に犯人を探さずにいられないのか。
人はなぜ、自分とは何の関係もない人が殺人を犯したときに、
その理由を知りたがるのか。
まるで、そこにただ1つの「正解」があって当然であるかのように。
成金 鈴木田
「鈴木田さん、どうされたんですか、突然5日もお休みなさって。」
5日ぶりに孤児院に出向くと、主任の津田にそう声を掛けられた。
聞けば、5日前に1週間ほど休むと私から連絡があったらしい。
私にその覚えはない。
「あぁ、いや。最近、仕事ばかりしていたなと思って。」
「確かにそうですねえ。子どもたちも不思議がってましたよ。
どこか、出掛けられたんですか？」
「あぁ、まぁ。……君、また、ミステリかい？」
私が現れるまで読んでいた文庫本が、
デスクの横に広げてうつ伏せになっている。
その置き方では本をダメにすると何度か注意したのだが、
癖はいつまでも直らないようだ。
成金 鈴木田
「えぇ、この前鈴木田さんに勧められた柳田修哉のアレです。
ずっと積ん読だったのですがようやく――」
「――たまには、正解が用意されていない本も読んだらどうだ？」
津田が怪訝な顔をするのを尻目に、
私は2階へと足を向けた。
成金 鈴木田
「あ、おじさんだ。あれ？今週旅行って聞きましたけど。」
勉強机に向かっていた祥太郎が、
イヤホンを外してこちらに顔を向けた。
「今朝帰った。お前、センターはどうだった」
「うーん。うん。まぁまぁ」
テストの出来を聞かれたときの返事ランキング1位の4文字。
大学入試の仕組みは未だによく分かってないので、
何がどうと具体的に言われても反応に困るのだが。
成金 鈴木田
「あ、一昨日、梓ちゃんのところ。行きましたよ」
「そうか。悪いな、こんな時期なのに」
「別に、俺が好きで行ってるだけなんで」
祥太郎は私が初めて引き受けた孤児だ。
というより、彼との出会いがきっかけでこの孤児院が出来たのだが、
大学進学と同時に、ここからも卒業となる。
他の子どもたちの世話や遊び相手になってくれていたが、
私の娘の見舞いにも、よく行ってくれている。
成金 鈴木田
「…これ。もらいました」
引き出しから取り出したのは、薄い青の封筒。
サクラのシールが貼ってある。中は手紙だろうか。
「お父さんには内緒に、って。俺も、まだ読んでないです」
娘は入院する前はよくここを訪れていた。
年齢が1つ上の祥太郎とは、10年以上の付き合いだ。
「そうか。……そうか。」
成金 鈴木田
受験の応援メッセージでは、きっとないのだろう。
娘の「未来」について、彼には直接話していない。
しかし、当然気付いているはずだった。
18歳が1人で抱えるのに、適切な人生の問題とは言えない。
成金 鈴木田
「こんなことおじさんに聞くのは、
ズルいかもしれないっすけど」
入院する前、祥太郎にもらった髪留めを
祥太郎が見舞いに来る曜日には必ず付けていることを、
彼は気付いているのだろうか、とふと思う。
きっと、気付いているのだろう。
成金 鈴木田
「どうするのが、正解だと思いますか。」
彼の手にある封筒に視線を落とす。
綺麗な状態で渡されたであろうそれは、
端の方が少しヨレていた。
成金 鈴木田
ふと、見ていた夢のことを思い出す。
「――『正解』じゃなくていい。」
それ以上の言葉を、私は出すことはできなかった。
【魔法は、存在する】
あの時は、きちんと目を見て復唱要求できたのにな。
成金 鈴木田
1階に戻ると、津田がエプロンを付けていた。
もうすぐ小学生チームの帰宅時間だ。
「――それで、尚登と悠木がもう喧嘩になっちゃって。
せっかくのカニクリームコロッケが――」
津田の愚痴を聞き流しながら、
ぼんやりと窓の外を見る。
「カニクリームコロッケ」というワードが頭に残るだけで、
何があったのか全く分からない。
成金 鈴木田
人はなぜ、「正解」を求めるのか。
規則や道徳や社会性というラベルを付けて、
人生にさえも「正解」は用意されている。
きっと、この電話が提示する問いかけにも。
「正解」は、ある。
成金 鈴木田
「――『正解』じゃなくていい、か」
心を決め、着信ボタンを押す私の背中で、
「ただいまー」という子どもの声が聞こえた。
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